人間は忘れる生き物



人間は・・・「考える葦」であるというパスカルさんの言葉があります。何で「葦」なのか、よくわかりませんが、人間は「葦」のように弱い植物と同じ弱い存在だけど「考える力」があるから弱いけれども色々な苦難を乗り越えられるという意味だんだそうですね。まぁこのような意味の言葉であるということ、概ねは合ってましたけど・・・。同じような言葉探しで、「人間は・・・」という後に続く言葉にもう一つ「忘れる生き物」という言葉があります。これは「人間は忘れる能力がある」から生きていけるという言葉であると、どこかのサイトに書いてありました。「忘れない(記憶している)能力」ならわかるけど・・・「忘れる能力」というのは如何なものか、と思ってしまいましたが・・・普通は忘れてしまうということは欠点として扱われ、能力とは言わないと思いますけどね。でも全部覚えていたら、辛くて絶対に生きていけないんですけどね・・・。まぁこんな感じの展開から入りますが・・・。実は、今日、「なるほど!だから生きていけるのか!」という出来事が身近にあり、それを肌で感じましたので、書かせて頂きます。ウィークエンド・・・毎週恒例の行事ですが、例によって今日、母の面倒を見ていたのですが、何しろ片っ端から「忘れている・・・」。ひょっとすると朝食も2度食べているかな?日常のほとんどのことを忘れているので、会話をしていると毎回、結構腹が立つのですが、何しろみごとに忘れている!!カリカリきている小生に、家内は「そんなに怒っても仕方ない、ちゃんとわかるように説明してあげなくては」と気付かせてくれます。いつも「はっと我に帰り」家内の言葉、本当にありがたく思っています。でもなぁ確かにそうなんだけど・・・。そうなってしまっている母に対し、「こうなっちゃったけど・・・もっとちゃんとしなよ(してほしい)」と思ってしまうのは、やはり子供の性なのでしょうか。いずれにしても、小生が強い口調で言ってしまうことすら・・・母は直ぐに忘れてしまうので、ある意味助かっているのですが。考えてみれば、母は、父が亡くなってから、来る日も来る日も、毎日テレビを見て、買い物や散歩して、たまにデイサービスに行って・・・。これを一日一日、詳細に記憶していたら、とっくに頭がおかしくなっているのかもしれません。歳をとって「忘れる能力」があるということは、本当に幸せなのかもしれませんな。今日はたと気がつきました。このような状況ですが、恐らく母は、毎日が新鮮で、毎日を楽しんでいるのだと思います。気がつくと小生も近い将来、ピンピンコロリか、忘れる能力が備わって、わからなくなってしまうことを望んでいたのでした。